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2005年1月15日 12:46 AM #24108
剣
キーマスターミスターKさん。
代理に関して「表見代理」は明日送る予定です。ミスターKさんのご指摘通り、とても重要な点ですので少し長めにしようかな、と思っています。スナフキンさん。
大切なのは論ずることですよね。僕が強調したかったのは、上の例ではその選挙制度がどういうものか、というのが分からずに「賛成」「反対」ということが問題ですよ、ということです。
憲法問題は様々なご意見が生ずるのが当然だと思います。多いに論じましょう。2005年1月15日 2:22 AM #24109ミスターK
キーマスタースナフキンさん
チョット横槍入れてもいいですか。
原点に戻って考えてはいかがですか?
「正義」についてどう思われますか?
皆、「正義」なんですね。
各々の「正義」と「正義」のぶつかり合いによって、「正義の調整」が生まれた訳です。
それが、「法」です。
誰の正義が正しいか?・・・みんな正義は正しいんですね。
しかし、社会には秩序がないと社会のルールが保てません。当然です。
そこで、「規範」が「正義の調整(法律)」に発展していったんですね。
今でも、欧米では難しい法律を勉強しなくとも、「規範」を守れば、決して法に触れることはありません。
しかし、わが国においては近代国家を急ぐあまり、さまざまな国の法律を採用したために、欧米の規範とルールが色濃く残っています。
したがって、日本古来の規範で生活した場合には法に触れることが多々あります。カルチャーの違いですね。
太平洋戦争の敗戦後、制定された日本国憲法は、マッカーサー司令官が幕僚に命じて独自の草案を起草させ、昭和20年2月13日に日本政府に示され、可決され天皇陛下の採可を経て同年11月3日交付されました。
またしても、欧米の考え方が入ってしまった訳です。
私は、決して欧米の考え方を否定はしませんが、
儒教的精神が浸透した、わが日本の風土の規範には合いません。当然のことですね。こんなとことから、改めて憲法の議論してみませんか?
チョット切り口換えてみましょうよ。2005年1月15日 9:41 AM #24110よーこ
キーマスター(中途半端なビジター参加を許していただけるならいいですが・・・)
かるく2点だけ。気になった部分への意見です。
1.原爆投下による被災の事実、その他第二次大戦全般にみた戦争の悲惨さを義務教育の中で取り込む事は、けして思想的な偏りを招くという事につながるとは思いません。
2.「日本古来の規範」「日本の風土の規範」が儒教精神に根ざしたものであるという解釈は一解釈にすぎないと思います。日本古来ということで考えるなら、儒教思想は古来からじゃないと言いたいです。
2005年1月15日 12:12 PM #24111MIKE@日吉図書館
キーマスター更に軽く、ちょっとだけ…
儒教精神がいつからあるのか、現在も残っているのかわかりませんが、一般的な日本人の
道徳・倫理規範は少なくともキリスト教ではなく儒教的なものだと思います。 儒教そのものを
ちゃんと知ってるわけでもないので単なるイメージですが(^^;2005年1月15日 2:06 PM #24112ミスターK
キーマスターよーこさん
儒教思想は古来からではないのでは、とのご指摘ですね。
「古来」という、言葉の意味をどのようにとらえるかにもよりますが、儒教について少し説明させて頂きます。
儒教とは、孔子の教えから発展した中国の主要な思想体系のことをいいます。
文学部の方ですから、孔子については説明は省かせて頂きます。
さて、日本と儒教とのかかわりですが、日本では儒教のことを儒学と呼んでいます。
日本に儒教が伝わったのは、応神天皇の頃、4世紀末百済の王仁(わに)が「論語」をもたらしたのが最初とされています。
6世紀には百済から儒学者が渡来するようになり、数多くの儒教経典類も伝わって急速にひろまりました。
聖徳太子は仏教とともに儒教の受容にも熱心で、「十七条の憲法」などにもあらわれているように、彼の政治思想には礼を重んじる儒教の理念が取り入れられています。
そして儒教は、その後の律令制度にも少なからず影響を与えました。
鎌倉時代には、禅僧によって宋から朱子学がもたらされ、五山の禅僧たちを中心に儒教研究が活発となりました。
その後、日本の朱子学は近世にはいって徳川幕府の庇護を受けるなどして、林羅山・藤原惺窩・山崎闇斎らによって大成されました。
江戸中期にさかえた朱子学に対抗するかたちで、多くの儒学派もおこりました。
中江藤樹・熊沢蕃山は陽明学を研究・発展させ、多くの学者や政治家に影響をあたえ、また、朱子学や陽明学には批判的で、孔子や孟子の古代の真の儒教にたちかえるべきだと主張する独自の見解をもつ人々があらわれました。
山鹿素行・伊藤仁斎・荻生徂徠らに代表されるこの学派は古典派と呼ばれます。
江戸時代から明治維新にかけて、儒教は日本独自の文化や西洋思想などとも結びつきながら、武士や庶民の教育に大きく貢献し、現在に至っています。このように、儒教は「聖徳太子の十七条の憲法」や律令制度(奈良、平安)に大きな影響を与えています。
このことは、歴史的事実です。
したがって、「日本古来の規範」「日本の風土の規範」と儒教との関係について、理解して頂けると思います。また、規範については以下のホームページを参考にして下さい。
http://lawschoo-konan.jp/sonoda/text/kihanhtml
(規範の説明を私が致しますと、長くなってしまいますので、申し訳ありません。)私が、122:で述べている「日本古来」の由来は、上記の通りです。
何かありましたら、ご質問下さい。2005年1月15日 2:33 PM #24113よーこ
キーマスター私の話は枝葉末節。どうぞみなさん本題へ。
ただ・・・
飛鳥・奈良に「規範」ということでみれば儒教が取入れられたのはその通りだと思います。今ミスターさんが提示してくれたサイトを見れないし文献さがす暇がないんで(漢字の練習中)なんなんですが。
儒学は江戸時代以降に、広く庶民レベルの生活圏にまで影響を及ぼしたのではないのかと思っていました。
日本国憲法のルーツを勉強していないので、教えていただくことのみになりそうですが、明治憲法から「規範」を考えるほうがピンとくるように思います。2005年1月15日 2:40 PM #24114ミスターK
キーマスター訂正させて下さい。
125:
甲南大学 法学部 園田寿先生のホームペページのアドレスに「打ミス」がありました。
大変ご迷惑おかけしました。
正確なアドレスは、
http://lawschoo-konan.jp/sonoda/text/kihan.html2005年1月15日 2:53 PM #24115もとくん
キーマスター日本古来の~、と来て儒教と書くと誤解されやすいと思います。
儒教的漢意(からごころ)と源氏物語的な自由奔放の大和心(やまとごころ)
は違うように思えますしね。多分この辺りは銀白鳥さんが詳しいと(^^)
しかし、本居宣長のように大和心こそ漢意のひとつのかたちであるという
考え方も説得力があるのも事実ですね。余談ですが、大阪・神戸には、モダン焼きなるお好み焼きの派生メニューが
あります。これは通常のお好み焼きに中華麺を乗せて焼いたものです。
これが何故「モダン焼き」なる名称なのかは不明ですが、物や思想を輸入して
いろんなものを独自にアレンジして行く様こそ、日本的なんじゃないのかと
思います。でも、そんな輸入品をタマネギの皮のように剥いでいくと、何にもなくなって
しまうよ、と嘆いていたのが三島由紀夫ですね(^^;2005年1月15日 3:22 PM #24116ミスターK
キーマスター125: 127: のホームページのアドレスに再々間違えがありました。
本当に申し訳ありません。
私のメモ帳に間違いがありました。ごめんなさい。ホームページは、甲南大学 法学部 園田寿先生のページです。
アクセスできない場合は、検索エンジンで検索しアクセスして下さい。2005年1月15日 5:50 PM #24117スナフキン
キーマスター>>よーこさん
1について
まず初めに平和授業の書き込みにおいて本人が書かれていた事ですが、
・小学校でがっちりと頭に叩き込まれます。
・こんなにたくさん人が死んだんだ、という風なことを叩き込まれます。
そこには「戦争」自体を絶対悪とする思想を感じさせます。
誤記かもしれませんが、そのまま読んだ場合、思想を叩き込んでいると読めます。
思想とは各自が自らの意思で、心に思い浮かべ考える事だと私は思っています。
小学生は子供だから思想を叩き込んでいいなどどいう事は決してないと思います。
偏っていようがいまいが、思想を叩き込んでいる事がいけないと思うのです。で、多分よーこさん的には、義務教育で取り込むという事が言いだいのだと思うので、
その事についてもコメントしておきますね。
戦争があった事を伝えるのは良いと思います。悲惨な事も叩き込まない程度なら
いいかもしれません。
でも一方で考えてみてください。先の大戦で勝った国では終戦日は祝う日に
なっているという事を。決して戦争が終わったから祝っている訳ではありません。
勝ったからです。そしてそれが現実なのです。
そこまでリアルに小学校の教育でやれとは思っていませんし、少なくとも戦争が好きと
思う人はいないと思います。そんな事まで考慮するならガンダムも戦争映画もやくざ映画も
即刻廃棄しなければいけません。私は見ないので構わないですが、多分多くの人は反対するでしょう。大切なのは、何故戦争が起きたのか?、戦争を起こさない為にはどうすればいいのか
衣食足りて礼節を知るという諺があります。世界中の人が幸せであるなら(価値観はそれぞれ違いますが)
多分争いは減るでしょう。
戦争の残酷性を伝えても争いは決して減りません。それは古今東西の歴史が教えているように思います。
歴史が教えていても、次もそうなるとか限らないとか言うのかもしれませんが。2005年1月15日 8:38 PM #24118よーこ
キーマスターう~ん・・・そっか。
法学部甲乙のひとびとにマルゴシまん太では太刀打ちできぬ戦争自体は絶対悪じゃないかなと思っています。
でもガンダムがなくなっては困ります。戦争がなぜ起きたか、戦争を起こさないためにはどうしたら良いか
それを教えるべきという意見には賛成ですが、それをどう教えるのか
そこから既に、ミスターKさんの言うように「正義」の解釈が絡んできますね
大義明文を、正当化を、それぞれが主張しますね。要因としては
貧富の格差の増大、特に地域レベルでの極貧層の増大が大きくかかわっているように思うのと、
スナフキンさんが触れられた「しあわせ」という概念そのもののありかたにも関係ありそうです。だいぶ横道に逸らしてしまいました。どうぞ戻してくださいね。では。
2005年1月15日 11:13 PM #24119剣
キーマスターあぁ~いいなあ~この雰囲気。法学だけでなく文学の方々も参加しての討論。まさに大学に学ぶ者のあるべき姿ですよね。。皆さんがそれぞれの専門分野からの視点で一つのテーマを追求していくというのは本当に興味深いものがあります。
またミスターKさんは法学だけでなく、文学的な問題にも精通されているんですね。では自分も少々無理して別分野からのアプローチを試みたいと思います(文学で社会学系を勉強されている方々には笑われてしまうかもしれませんが、自分なりの「社会学的考察」です)。昨日、スナフキンさんの投稿に対し、ある法案についての「賛成」「反対」をその中身を知らずに口にすることは問題ですね、と申し上げました。しかしなぜ多くの人たちが、まず中身を考察しようとしないのか?という疑問が生じます。そこには変な“群集心理”が見隠れしています。
よく「出る杭は打たれる」といいますね。それでは何が「出る杭」となるのかというと、反体制や反権力の思想や見解だと思います。当時の政府はマスコミと結託して「小選挙区に反対する者は政治改革に反対する者だ」という煽動に出ました。そうなるともうその時点からは中身なんかどうでもよくなり、「反対する出る杭は皆で打て」ということになります。
つまり「みんながやるから俺もやる」という観念を植え付けられた結果がそこにあります。学校でのいじめ問題や商業戦略もそんな感覚を利用して行われるわけです。さらには犯罪もそう、電話詐欺や路上強盗も新聞でその手口を学習し、みんながやるから俺もやるという感覚でいるのが大半ではないでしょうか。もちろん若年層の売春もそう、みんながやるから私もやるという感覚。一体自分は何をやっているか、という本質的な部分を考えようとはしないわけです。なぜならみんながやることに疑問を呈すること自体が「出る杭」になることなのですから。さて当時、僕の「小選挙区制って何か分かるのか?」の問いに正確に答えられた人はほとんどいませんでした。「民意の反映のため一つの選挙区を小さくすることだ」という人がいたのですが、それでは「当選者数は何人?」の問いには答えられませんでした。そんな重要なことが分からずなぜ小選挙区制度に「賛成」と手を挙げるのか?僕はここを重要視したいのです。
憲法とは何なのか・・?もしかしたらそれ自体が分からずに改正に「賛成」だ「反対」だという人が多数いたとしたら恐ろしいことですから。今回、憲法を語る上で「儒教」などの問題も考察する事も意義のあることが分かりました。これはとても良い勉強をさせてもらったと、皆さんに感謝します。
2005年1月15日 11:59 PM #24120もとくん
キーマスター剣さん
>>132の
それは、日本独特の社会の在りかたとしての「世間」の問題ですね。
儒教的なものも、この「世間」が吸収し今日的日本人の<生>の様式を
規定しているということだと思います。なお、「世間」については、阿部謹也氏の『世間とは何か』講談社現代新書
に詳しく分析がされています。
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/nagao3/book1-3(abe).htm
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/nagao3/book1-5(abe).htm2005年1月16日 12:26 AM #24121松
キーマスター>>偏っていようがいまいが、思想を叩き込んでいる事がいけないと思うのです。
「思想を叩き込む」のでない教育と言うモノが存在しうるなら、教えてください。
>>そんな事まで考慮するならガンダムも戦争映画もやくざ映画も即刻廃棄
「殺人」は絶対にやってはいけない、ということが、推理小説やら番組を「即刻
廃棄」ということにつながるのだろうか。>>衣食足りて礼節を知るという諺があります。
いま「戦争」をやっているのは、世界でもっとも「衣食足り」た国だと思うが。
2005年1月16日 12:31 AM #24122松
キーマスター>>つまり「みんながやるから俺もやる」という観念を植え付けられた結果がそこにあります。
という根拠は?自分の「主観」を述べ立てるだけでは「社会学的考察」にならないのですよ。
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