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2005年2月17日 10:50 PM #24290
剣
キーマスター※当初の予定では176条は前後半の2回でお送りしようと考えていましたが、3回になってしまいます。どうかご容赦願います。
MIKEさん上の件はよろしくお願いします。試験対策シリーズ・「物権法/逐条解説」その2(後半の1)
1「物権行為の独自性」=例えばいまある土地についての売買が行われたとします。そうなると、まず当事者間で当該土地の所有権を売主が買主に移転すべき債務を負います(第1段階/債権行為)。そしてその履行のために現実に当該土地の所有権を買主に移転する(第2段階/物権行為)という経路を辿ることが考えられます。「物権行為の独自性」の問題とは具体的な所有権移転がなされるのか、つまり第1段階の債権的意思表示と第2段階の物権変動を目的とする意思表示と常に別に(独立)になされなくてはならないのかという問題です。
○判例はどう評価しているのでしょうか?
→判例は第1段階の債権行為に物権行為も包含されるとしています。すなわち物権行為の独自性を認めていません。
○それでは具体的に判例を見ると?
→1/特定物の売買、売買予約の完結、贈与、代物弁済契約の場合、合意乃至意思表示と同じくして当該物の所有権移転効果が生ずる(大判昭13、4/22など)。
2/不特定物の売買の場合、当該目的物の特定により、当然に所有権が移転する(最判昭35、6/24など)。
3/売買契約解除の場合、所有権は当然に売主に帰属する(大判大10、5/17)。
○但し、学説の論争は存在します。
→判例を支持する「物権行為独自性否認説」VS独法系の考え方をわが国の民法上でも解釈論として展開しようとする「物権行為独自性是認説」
○では、その学説論争の実益は?
→両説共に債権行為と物権行為が概念的に区別されることを否定していません。また当事者間での所有権移転の効果を留保する特約(例えば契約締結時には所有権移転の効果を発生させないものとし、後日代金完済等があったときにその移転の効果を発生させる、など)は、独自性否認説も否定するものではありません。
○そうなると、この「独自性の問題」とは一体何の意味があるのでしょうか?
→要するに、上記のような「特約」が存在しない場合に、当事者間の法律行為を如何に解釈するか?というかなり限定した場面にその目的が限定されることになります。(後半の2に続きます)2005年2月17日 10:59 PM #24291剣
キーマスターすみません。
上の最後の行、「~限定した場面に~限定~」というのはヘンな言葉遣いになってしまいました。
失礼しました。2005年2月18日 5:39 PM #24292剣
キーマスター試験対策シリーズ・「物権法/逐条解説」その2(後半の2)
2「物権行為の有因、無因」=これについても独法系と仏法系の考え方の違いに十分注意してみてください。
○有因、無因とはどういう意味?
→1/有因性を認めるとは、物権行為は債権行為が有効であることを当然に前提として捉え、債権行為が無効、取消、解除等によってその効力を失った場合には物権行為も当然に失効することを認めることです。2/無因性を認めるとは、債権行為と物権行為が各別になされた場合には、債権、物権行為を各別に捉えて影響を受けないことを認めることです。
○両者を主張する学説あれども・・。
→わが国の民法上は債権行為に何等かの瑕疵(無効原因など)がある場合は物権行為にも当然影響がある。
○両説の対立の実益は・・?
→ほとんど意味を持ちません(・・が、試験で問われる可能性はあります)。
3「所有権移転(物権変動)の時期」=これは「具体的に」いつの時点で所有権が移転するのかの問題です。学説は大きく分けて以下3説のバトルロイヤル状態です。A説:契約の効力発生時(特約がある場合はそのとき、不特定物売買や他人物売買等の場合はその障碍が解消されたとき)、B説:登記・引渡・代金支払時(特約ある場合はそのとき、特約なき場合は左記いずれかがなされたとき)、C説:段階的に移転する(ある一時点に全体が移転するのではなく、取引のプロセスに応じて段階的に移転する)・・ですが、一応の勝者(判例)はA説です。しかし、各説について批判も生じています(これが重要!!試験で問われる可能性が大!)~A説に対する批判=実取引の現場においては登記や代金支払等がなされたときに移転されるとの認識が強い。B説に対する批判=それでは登記や代金支払が各別の時点でなされた場合はいつ移転するか明確ではない。C説に対する批判=移転時期が明確ではない。
○それでは学説論争の実益は何でしょうか?
→(さらにこれが重要!)それでは176条を振り返ってみましょう。176条は「物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみに因りて其効力を生ず」と規定しています。要するに、ここでの議論(有因、無因論なども含)は「意思表示」とは一体なんぞや?という、その解釈論であるということに帰結するわけです(そういった意識を持って再度、始めから176条を考えてみてください)。2005年2月18日 6:41 PM #24293剣
キーマスター試験対策シリーズ・「物権法/逐条解説」その3(177条の1)
※この177条は自分が民法にハマるきっかけを作ってくれた条文です。この条文に関連する問題を考えていくとかなり面白いですし、ミスターKさんも仰る通り「ドラマチック」です。また、この条文1本で本が1冊出来てもおかしくないほどその範囲は深く広いものでもありますので、「卒論ネタ」としても十分に耐えうるものと思います。
と、いうことで・・この177条は何回になるか自分でも分かりません。出来る限り演習問題等も含めて丁寧にやっていきたいと思います。まずは177条を見てみると・・「不動産に関する物権の得喪及び変更は登記法の定むる所に従い其登記を為すに非ざれば之を以って第三者に対抗することを得ず」とあります。
○「公示の原則」と「公信の原則」=物権とは他を排斥出来るほどの強力な権利です。従ってある物に対しどこの誰が如何なる権利を持っているのかが外部から明らかでなければなりません。その目的を達成するための方法が「公示方法」といわれるもので、わが国の民法は登記を不動産物権の公示方法としています(「公示の原則」)。そして、その公示方法によれば現実の権利(物権)関係を確実に正確に表示されているというのが当然の理想です。ところが、現実には公示に実際の権利関係が反映されていない場面も多々あるわけです。そうした場合、原則としては公示された権利関係を信じて行動するのが通常の考えですから、当該公示に現実の権利関係が示されていない場合、その公示が誤りであることを当事者が知っていたか(悪意)、知らなかったことについて過失があった(有過失)ときを除いて、公示を信頼して取引した者を保護し、公示が真実であったと同様の法律効果を与えよう、とする原則を「公信の原則」といいます。
○それでは、具体的に登記に公信力はあるのでしょうか?
→公信力はありません。
○なぜ?
→法務局(登記所)のお役人である登記官吏には申請された事実が真実か否かを調査する権限が与えられていないからです。つまり登記はお役所が強制的に指示して行われるものではなく、当事者の申請によってなされるわけで、登記官吏は登記法上必要とされる書面が提出されているか、当該書面に必要事項が漏れなく記載されているか等の権限しかないのです(「形式的審査権限」のみを与えられている)。
○ならば、登記に公信力を与えてしまえばよいのでは?
→と、いう考えも当然あるとは思いますが、実際の登記というのは(不実なものでも)ある意味、容易になしえるものです。よって、こうした登記の実情では不動産所有者等が容易にその権利を失うことを意味します。
○但し・・誰を保護し、誰が責任を取るのか・という民法の解釈経路を辿れば・・
→例えば94条の2項を適用して、結果として登記に公信力を与えたのと同様の効果が生じることもあります(試験頻出!重要です)。2005年2月18日 9:21 PM #24294剣
キーマスターもう1発いきます!
試験対策シリーズ・「物権法/逐条解説」その4(177条の2)
○「不動産登記」と「登記請求権」=それでは登記とは実際どのようなものか?について触れておきたいと思います。
1「不動産登記」=法務局(登記所)に行くと「登記簿」というものが備えてあります。これは「不動産の履歴書」という観念で捉えていただければよいと思います。この登記簿には土地登記簿と建物登記簿があり、両者には直接の関連がありません。よって、単に土地登記簿を見てもある地番の上に建物が数件あってもそこからは把握出来ません。これらが不動産の「公示方法」ですので、誰でも法務局へ入って一定の手続きを踏めば登記内容を知ることができます(以前は閲覧申請をするとバインダーに挟まれた実際の登記簿を見せてくれたのですが、現在は申請物件に関するプリントアウトされた用紙を出してくれる方式が主流のようです)(興味のある方は「不動産登記法」へどうぞ)。
○登記の有効要件=登記としての認められるためには2つの要件を満たす必要があります。
→「実質的要件」=これは登記と符号する実体法上の権利関係が現実に存在すること、です。これは現在の権利者だけではなく、そこに至るプロセスまで実体に符号していることが必要です。「形式的要件」=上記「不動産登記法」上の要件に合致することです。例えば、申請書の記載に瑕疵、遺漏があるとか、偽造申請書による登記であって当事者の申請意思を欠く場合などです。
○では登記をすべき不動産物権とは一体何でしょうか?
→占有権、留置権、一般の先取特権、入会権を除く不動産物権は登記がなければ第三者に対抗出来ません(「対抗」の意味については後述します)。cf~立木の明認方法、(ミスターKさんが小説に書いてくれた)温泉権など。2005年2月20日 3:20 AM #24295剣
キーマスターあ~僕もとうとう風邪にやられてしまいました(気をつけてはいたのですが・・)。それでこんな時間に目が覚めてしまいました。
皆さんはどうか風邪にかからないように。
で、目が冴えてしまったときには学問が一番(?)ということで、「逐条解説」の続きを送ります。
それから、ミスターKさんとMIKEさん。そろそろ演習問題をやりたいのですが、ご協力のほどお願いします。試験対策シリーズ・「物権法/逐条解説」その5(177条の3)
2「登記請求権」=そしてその登記は原則として登記権利者と登記義務者が共同で行わなければなりません(「共同申請主義」)。「登記請求権」とは当該登記権利者が登記義務者に対し「登記に協力せよ」と請求出来る権利のことです。
○登記請求権は如何なる場面で認められるのか・・?
→ま、簡単にいうとその「根拠」はどこにあるか?の問題です。判例は・・(1)物権変動があったのに登記がそれに伴っていない場合。(2)逆に物権変動がないのに登記が存在する場合。(3)当事者間に特約がある場合・・に生ずるとするものなどがあるのですが、学説の方はこれらを一元化して説明しようとする(あ、いま気がついたのですが、これが「法学部的」思考かもしれませんね・・)のですが、例えば特約があるのだから登記を請求する、という「債権的登記請求権」、実質的な物権変動に対応する効力としての「物権的登記請求権」とする論があるのですが、有力説としては「実体上の物権変動と登記の不一致に基づいた特殊な物権的権利」というのがあります(これらの学説をまとめていくと、これまた1冊本が出来てしまいそうなので、興味のある方は文献を当ってみてください)。
○登記上、実際の登記権利者と義務者の態様は?
→不動産登記法上、実体的な権利関係において「利益を受ける者」が登記権利者、「不利益を受ける者」が登記義務者です。例えばAを売主、Bを買主とした売買の場合、Bは当該不動産について登記されるとそれによって対抗力を与えられるのですから「利益を受ける者」として登記権利者、Aは登記上その権利を失うのですから「不利益を受ける者」として登記義務者と判断できます。
○それでは、上の事例でAがBに対して「登記せよ」とすることは出来ないのでしょうか?
→それは出来ます。これを「登記引取請求権」と呼びます。例えば上の事例でAが売ったにも関わらずいつまでもAの元にあるということは実体上の権利関係に伴った登記がなされていないことになるからです。現実的には固定資産税は登記を元に請求されますので、Aが登記を持っている以上、Aの元に税の請求が来ることになります。2005年2月20日 4:10 AM #24296お好み焼きZ
キーマスター剣さん、よくがんばっておられますね!
教育関係の方ですか?(返信不要)、今の時代、これだけ、一生懸命
に取り組まれる教育者は、少ないようです。
風邪、はやくなおしてがんばってください。2005年2月20日 4:47 AM #24297MIKE
キーマスター剣さん
無理なさらずに、早く風邪を治してくださいね(^^;
数学(基礎)1回目レポをどうにかこうにか(中味でたらめだけど)書き上げたら
こんな時間になっちゃいました(>_<)2005年2月20日 6:37 PM #24298剣
キーマスターお好み焼きさん。MIKEさん。皆さん、お心遣いありがとうございます。
(ファジー?な)教育関係者です。でも、人様を「教」え「育」てるとか、「学問で喰っている」なんて偉そうなことを言える身分ではありません。
(多少の)知識を皆様にお分けすることが自分の役目だと考えています。そして塾への「愛」でしょうか・・なんて僕が言うと気持ち悪いかな・・?2005年2月20日 10:27 PM #24299ミスターK
キーマスター剣さん
ご無沙汰です。
仕事関係でトラブルが発生し、緊急でオーストラリアに出張で行っていました。
本日帰国しました。
爆笑談が沢山ありましたので、「熱海の空」に採用しようかと思います。
熱海の空 「スレンダーガール」を送信し、「つづき」が送信できていません。
また、「ぼちぼち」がんばります。演習問題については、OKです。
2005年2月20日 10:46 PM #24300よーこ
キーマスター法律関係ぜんぜんわかりませんが、このスレすごいですね。
ミスターKさんお帰りなさい。レスつけられないですが読んでます。
話題が違いますが、剣さん、わたしやっぱり護憲派で貫きます。
今朝のフジTV見てて、再度そう思いました。戦争反対なので。2005年2月20日 11:03 PM #24301剣
キーマスターKさん。
オーストラリアですか?・・どんな爆笑談か楽しみです。よーこさん。
よーこさんの人柄って、絶対に戦争反対って感じですよ。実際にお会いしたことはないけれども、世界中によーこさんのようなキャラが的確に配置されていれば、絶対に戦争なんて起きないような気がします。
ところで、フジTVは何をやっていたのですか??2005年2月20日 11:10 PM #24302スナフキン
キーマスター>>よーこさん、他ガンダムや戦争映画好きさん
どうも考えれば考えるほど解らなくなるので、1つ教えてください。
決して意地悪をしようとかそういう意図はないよ。
あくまで参考までに教えてください。実際の戦争が嫌いなのは当然の事として解ります。
ガンダムも戦争アニメだよね。宇宙空間で戦って負ければ命も助からないし。
文学的表現を使えば、1つ光が灯るたび、幾人から幾千の命が消える。
人の心なぞ土台解らぬものよと言われるとそれまでかもかもしれんけど。
自分の心の中で戦争アニメはどういう風に解釈されているの?
そして敵一般兵パイロットが乗るロボットが簡単に破壊されるシーンとかは
どいういう風に解釈されるの?2005年2月21日 12:28 AM #24303剣
キーマスタースナさんのご指摘、共感できるところが多々あります。・・とはいっても、実を言うと僕は「ガンダム」って観たことないのです。ん?「鉄人28号」みたいなのかな?って程度ですが、スナさんのご指摘でどうやらああいった人たちが活躍する戦争モノだということが分かりました。
僕は戦争映画に限らず最近の映画は大嫌いです。なぜかというと、やはりスナさんのご意見のように「人の命を何だと思っているんじゃ!」って叫びたくなるものが多いからです。
まるで警察署の前に出ている掲示板みたいに「今日の死者数何名、負傷者数何名」みたいな感じで、まったく感情も何もないって感じが伝わってきます。僕はこういうところで思うのは、人間の感覚って麻痺し続けているのでは?ということです。映画を観て、それがまさにゲームのごとく「あ、また死んだ。これで何人殺した」という無感情。いまの映画の作り手は「いかに衝撃的な人の死を描くか」という観念に支配されている気がしてなりません(「~とは言い切れない」とか「~ばかりではない」なんていう例外論は受付けませんのでご了解のほどを・・)。
ただ、それは受取る側の感覚にも問題があって、かつては誰もいなくなった病室の場面とか、名札の取り外された扉とか、花束を抱いた人の列とか、そういう場面で「ああ、主人公は死んでしまったんだな・・」と感じることができる人が多かったのに、そういった「映像的な比喩表現」とかが通用しなくなったのかもしれませんね。
ひとつ結論的なことを言わせてもらうなら、一人の人間が死んでしまうということが、我々の身の回りの中でどれだけ重大な事実なのか、それを考えるととても正視出来ない映画とかってたくさんあると感じます。
まあ、これは法律的観点から言うと、やはりある程度の「表現の自由」に対する規制もあり、ではないかと考えます。
よーこさんたちのご意見もぜひ聞いてみたいですね。2005年2月21日 6:14 AM #24304よーこ
キーマスターすいません、寝てしまいました
スナフキンさん
現実と絵空事の違いです。現実ではあってはならない戦争ですが、バーチャルの世界ではあってもよいとおもいます。私はよくそういう質問受けます。ちょっと時間がないので、また時間見つけて書きます。剣さん
「報道2001」です。中川昭一発言に対してのことです。 -
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