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  • このトピックには581件の返信、1人の参加者があり、最後に名無しにより19年、 1ヶ月前に更新されました。
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  • 投稿者
    投稿
  • #12978
    このこ
    キーマスター

    eriko。さん

    こちらこそです~

    >エアロビタイツ姿でムチ振るう先生のお姿は、マニアとしてはスキでたまらないんだけど。。

    あいや・・・そ、想像しちゃいました。。。。(・_・;)
    いやいや、ほほほ。いつの間に鞭が必須アイテムになったんでしょうね(^^;

    >これきっと、もがきぬいて自分でつかんだ答えが出て、しかも合格したとき
    >「とってよかった」と思える科目かも~~。

    ですよね~きっと。必ずや後に続きますので、受かったら手招きしてまってて下さいね。
    合格したらお祝だ~。(アメと鞭・・・ってやっぱり鞭かあ)

    #12979
    Hiroko
    キーマスター

    横やりごめんね>eriko。さん

    instructorは大学内での上下差はあるけど、アメリカ英語では教師(ダイガクの専任講師)のはずです。

    #12980
    もとくん
    キーマスター

    1類スレのみなさん、こんばんはっ。

    コンノさん、
    機会があれば、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の話聞かせてください。

    mizukokoさん
    批判と異論の区別も大事っすよ。
    mizukokoさんは、プラトン批判を展開したつもりが講師には、異論に見えた
    のではないですか?
    哲学批判って、実は大変で、プラトンならプラトンの説が間違っているなら、
    そのテキストの内部の間違いを論理立てて証明しなければなりません。

    異論というのは、プラトンの説の外部に立った独立した意見で、プラトンとは
    異なる意見を述べただけとうことになります。
    例え、その意見が論理的に間違っていなくても、プラトン批判にはならないのです。

    いちおう学問のスタイルとして反論(批判)するなら証明が必要になりますが、プラトンの
    テキストから離れた疑問から出発する意見は、異論扱いにされてしまいますね。

    もひとつ哲学のレポとか論文は、形式が最も重要なものになると思います。
    なぜなら、形式が内容を決定してしまうからです。
    ある論旨を明示的に書こうと思ったら、形式に拘らずには書けませんから。
    このあたりの事は、できれば、

    野矢茂樹、『論理トレーニング』、産業図書

    あたりを読んで見られることをオススメします。
    この本で接続詞の意識的な使い方を学ぶと哲学系のテキストの論理の
    構造を掴みやすくなるとおもいます。

    ではまた。

    #12981
    mizukoko
    キーマスター

    このこさん、erikoさん、もとくんさん、引き続きありがとうございます。

    それで、批判と異論ですか。なるほど。
    実は、夏スクの予習で、きのうから、スピノザの「神学・政治論」を読み始めたのですが、冒頭の解説に、
     スピノザが聖書について論じるにあたってとった根本的な姿勢は、「聖書の意味はあくまで聖書からのみ求めなければならない。その意味する内容に対する客観的真理性の検討は、理性によって、改めて(別な場で)行われなければならない」というものだった。
     したがって、彼の聖書解釈が多くの箇所で理性に合致しないとしても、それは、聖書の意味するところがそのようにしか読めないということで、スピノザ自身が、その内容の真理性を容認しているわけではない(要旨)
    というところがありました。
    これは、この間からもとくんがおっしゃっていて、わたしが気になっている、「閉じた体系の中で考える」とか、288の、哲学の批判というのは、外部に立って独立した意見を述べるのではなく、内部の間違いを論理立てて証明すること、というのと、同じようなことですよね?(お答え、を期待のマーク)
    もしそうだとしたら、わたしは、哲学(研究)の文法というか、お約束事とかいうような基本的なことが、わかっていないようですね?(これも、お返事を期待のマーク)
    で、もしそうだとしたら、少し、先が見えてきたような気がするのですが。

    「パイドン」を読んでいて、まずは、「なるほど、うまいこと、魂の不死を証明している。特に、第四の証明の最後のところなど、お見事! という感じ」と感心するのですが、
    次には、外に出てしまい、「でも、だいたい、人間を魂と肉体にすっぱりと分けてしまうなんて、単純すぎない?」とか、「イデアの世界には、生の息吹がまったく感じられない」とか思ってしまうのですよね。
    わたしのレヴェルの「異論」では仕方がないのですが、もっとまともな「異論」、一般的には批判と呼ばれるようなことは、哲学の世界ではできないのですか?
    できるとしたら、どうやるのですか?
    (あ、もちろん、金輪際、哲学系レポートではやりませんよ)
    例えば、宗教の世界だったら、法論対決とかやりますよね。
    あっ、そういえば、法論も、仏教だったら経典を、キリスト教だったら聖書を、というふうに、互いに同じものを土台にしてやりますね。
    同じ土俵の上でやらないとかみ合わないということがあるね・・・(・・・ぶつぶつ・・・ 考えているマーク)

    確かに、それぞれの学問のそれぞれの文法、というか、方法といったものを押さえていくことは重要ですね。
    わたしは、昔、(一応)仏文学をやったのですが、強い関心を持ったテーマに、文学のアプローチではなく、史学のそれをしたくて、通信を始めたのでした。
    そういう経過があるので、この機会に、哲学の文法を学ぶこと、また、論理のトレーニングをすることは、今後の研究(! あまりに大それた言い方なので、気恥ずかしい、というマーク)のためにも、役に立つかもしれませんね。
    講評への反発は保留して(本当にしつこいのですが、やっぱり、あの「問い」は曖昧すぎる)、謙虚に勉強してみます。

    #12982
    eriko。
    キーマスター

    ‏Hirokoっち
    文一スレへようこそ~。 まざって遊んでかない?
    Hirokoっちのムチなら打たれたいって男性が行列することでしょう。

    >アメリカ英語では教師(ダイガクの専任講師)のはずです。
    あー、はい。確認済みです~。
    つまり教師または講師ということですよね。(^ー^* ♪
    >大学内での上下差はあるけど
    こだわるのはそこんとこで、語彙のニュアンスによって失礼に当たらないか…
    という懸念でした~。
    万が一上の人を下に扱うことになっちゃったら無礼千万になっちゃいますよね~

    先生を呼ぶ時にprofessorというかinstructerという言葉を選択するかですが、
    この先生が「西洋哲学史レポート添削専任」ならば
    そう呼ぶのがふさわしいといえるかもしれないですけれど…

    あ、想像するに豚のしっぽサインはN又はMの頭文字の方。。?
    文学部登録教授哲学系ではMの姓の先生はおいでになりません。
    だれか確かめて~。

    #12983
    eriko。
    キーマスター

    リーダーズでは
    insutracter → asostant professor →asociate professor→(fill) professor
    と昇進するとなってま。
    職位ってこの世界大事じゃない?

    #12984
    Hiroko
    キーマスター

    eriko。さん、なるほどなるほど。横やり失礼しました。
    ということでお邪魔しましたー(と、そそくさと退場)

    #12985
    よーこ
    キーマスター

    >インストラクターって、言う人たちは、エアロビでしか見たことが無いもんで…エアロビタイツ姿でムチ振るう

    うう・・・あたちはインストラクターと聞いて、ウェットスーツの日焼けしたイケメンにいちゃんをそうぞうしてしまっただ。
    (おっと、...( ・・)ダッシュ!byebye)

    #12986
    もとくん
    キーマスター

    mizukokoさん、
    289については夜にあらためてレス致します。

    #12987
    コンノ
    キーマスター

    >もとくん、さん。

    ウィトゲンシュタイン『論考』、スか?
    あぁ、、、未だ解説本をちょろちょろ読んで
    うろついているレベルですよ、オレ。
    二、三年前には“独我論”のテーマで卒論書いた方が
    いるみたいですが、オレとしては
    『論考』の時点で彼が“論理”と言うものを
    どういう風に捉えていたのかに関心があります。
    これを『論考』の文脈の中で読み取り、そこから
    自分自身にとって哲学的に相応しい問題を見出せたら
    なぁ、等と考えてます。

    あっ、
    >>182
    で、
    >オブジェクト指向の方法論は、まさに事物を抽象化することにつきる。
    >抽象化って言っても、簡単に言うと、
    >ぽち>いぬ>動物
    >って、感じにするだけです

    ていう書き込みがありましたよね。
    これって、述語論理(量化理論)で対象にされる
    推論と何か関わりがありそうだなって感じがして
    興味をそそられました。
    一般化された命題(法則的な命題?)と
    個別的な対象について語られている命題とを
    結びつけるような点が…
    上手く説明できないですが。。。

    #12988
    コンノ
    キーマスター

    連続書き込み、ゴメンナサイ。

    もとくん、さん。
    >288
    異論と批判。そうかーーーー。
    一言で表せばそのとうり!
    と思いました。そういう表現思いもつかなかったですよ、オレ。
    なるほど!

    これ、哲学系のレポートを書き始めたときに
    どうして良いか分からなかった理由の一つ
    のような気がします。
    この区別がつかなくて。。。。。

    #12989
    SEME
    キーマスター

    >個人的な好みの問題ですが、
    >やっぱり敬意を払ったほうがいいと思います。
    >できたら、「インストラクター」とも「豚のしっぽ氏」も
    >聞きたくない呼称なんだけどな。。

    みなさん、すまんです。
    上記について、単純に感じたを書くのですが、
    「西洋哲学史1」の一連のレポート講評に関して、
    「M」だの「ムチ」だのと言うのはどうなのでしょうか?
    敬意を払っているのかな?

    アッシは「西洋哲学史1」のレポが
    巷に言われるほど厳しいとは思わないのです。
    むしろ学生によいレポートを書かせようと
    ていねいな指導をしてくれる教科だと思うのです。

    #12990
    ジュウイチ@塾員
    キーマスター

    お久しぶりです。
    西洋哲学史1のレポ講評で盛り上がっているようなので(もちろん、レポの中身でも盛り上がってるようですけど)、ちょっと私見を。

    レポは出しましたが最終的には未履修のまま卒業しました。
    で、まず「豚のしっぽ氏」についてですが、あれを見て真っ先に思ったのは「お前は誰なんだよゴルァ」ってことでした。やっぱり、判読できる文字でサインをしてほしいですね。

    次に、mizukokoさんのおっしゃる「『曖昧すぎる』問い」についてですが、これは私も同感です。2001年の課題だったんですけど、自分でテーマを選べって指示があるんです。
    これが漠然としすぎている。明らかに向こう側には「論じてほしいこと」があるくせに、「自分でテーマを選んで」というのはもう少し何らかの注釈が必要です。「だったら、先に言ってよ」というのが率直な感想。
    それでサインがアレじゃあ、「ていねいな指導をして」くれてるとは俄には思えません。

    ここまで、言葉足らずを承知でとりあえず送信しちゃいます。付け加えておくと、「今、現在は別にどっちでもいいや」と思ってます。自分が合格すればいいだけですから。

    続く

    #12991
    ジュウイチ@塾員
    キーマスター

    ここからは、今でも疑問に思っていること。
    mizukokoさんが
    >「慶応出版会から『レポート・論文の書き方入門』という本が出ているので・・・」という箇所があって、これにも逆切れした
    とおっしゃっていますが、私も書かれました。
    で、「いや、驚いたね。Cは慣れてなかったころに書いた2本と、一晩で適当に書き上げた1本の計3本しかない「俺さま(=^^ゞ」に向かって「大学のレポートには形がある。(←ご丁寧に下線付き)」だぁ?!んなこたあわかってるよ!「慶應出版会からでている『レポート・論文の書き方』でレポートの基本的な形を自学自習』しろだあ?!そんなこと言ってるのはおめーさんだけだよ。俺が今まで合格したレポートあんたにかかっちゃあ、全部Dかよ。おめーさんの美学につきあってる暇はねーよ。ちゃんと読める名前書けよ、あほんだら( ̄ヘ ̄)凸 そもそも、たかだか4000字で、章立てなんかいらんだろ? 章立てしなきゃ論旨が理解できないのか?」と、だいたいこんなようなことを返却レポにぶつけてました。

    ま、mizukokoさんの逆ギレに敬意を表してf^_^;、当時の気分を再現してみましたが、これは教職を目指しているという個人的な事情も絡んでいます。歳が歳なもので、あちらさんのこだわりにつきあってはいられなかったので、こんな感情が当時は沸いてきたわけです。
    ただ、それをさっ引いても、講評に書かれている文章には他の科目のレポでは感じなかった、独特さがあるなとは今でも思ってます。なんか、見下してるような雰囲気が感じられません?「豚のしっぽ氏」の講評って。

    えっと、だから何なのかっつーと、「敬意」云々の話が出てますけど、私はちょっと相対化しておきたいな、というわけで。
    「豚のしっぽ氏」という呼称使用は憚りたくないかなという、ささやかな抵抗。(もし、自分がまだ西哲履修中の在学生だとしたら、という但し書き付き)

    #12992
    ジュウイチ@塾員
    キーマスター

    erikoさん、ごめんねー、たまに来たと思ったらなんか論争めいたこと書いちゃって。
    ただ、erikoさんが「個人的な好みの問題」と言ったところにちょっとこだわってみただけです。

    ついでに300ゲット

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