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2005年4月14日 9:46 AM #26057
ぽぽ[popo]
キーマスターええっと、「文2少なくてさびしいね」っていう書き込みを見て
文1出身、現在文3、なのに史学大好きなわたくしが
僭越ながら建ててしまいました。文2は人数少なくても、ツワモノ揃いの濃くてステキなトコロです。
みなさんの議論に期待!2005年4月14日 9:54 AM #26058ぽぽ[popo]
キーマスター早速、自らひとつ。
西洋史概説1をやってて、急にフランク王国とシャルルマーニュ
(テキストでは「シャールマン」)に興味が湧いてきました。
彼がAD.800年に教皇レオ3世から戴冠されたことについて、
テキストでは、ミサの最中にほとんど不意打ち的に戴冠されたように
書いてあり、『この戴冠式を予測していたら彼はその日礼拝には来なかっただろう』
という記述まで引用されてました。
が、別の本ではあらかじめ教皇側から打診があって、散々悩んだすえ
決心がついたからシャルルマーニュはローマにきたのだ、というような
ことを書いてました。皆様はどっちが真実に近いと思いますか?どちらにしても、
・戴冠式自体は教皇側から積極的に進められたもので、
・シャルルマーニュは教皇から戴冠されるということには複雑な心境だったけど
基本的にキリスト教を母体とした世界帝国の創造を考えていた
という2点は間違いないようですが。
・・・ちなみに私は、テキスト派で、だまし討ちのように「教会の保護者」に
されてしまった、という説の方が好きですなぁ。2005年4月14日 12:18 PM #26059よーこ
キーマスターシャルルマーニュ自身が事前に戴冠式を知らされていたか否かの学説は、
どっちが古くてどっちが新しい学説なんですか?
それと、今現在では学会でどちらを支持する学者が多いんですか?ちなみにレポートを書く場合は、とにかくテキスト優先。テキストどおりの学説で
書かなければいけないのが歴史学、この2年間学習してきてそう捉えました。
このことに素直になれないと、永遠にDなんですよね。歪んだ捉え方かな?よく「歴史的考察をせよ」という問いがありますが、この場合は、代表的な学説を
ふたつ使って論じていけるからいいですよね。どっちの学説を支持するか、少しは
自分が出せます。2005年4月14日 12:20 PM #26060よーこ
キーマスター>ふたつ使って
もっと使ってもいいんだいいんだ(笑)スマンスマン。でもって、私なら、「どっち?」って言われたら(実は勉強してないからよく知らないが)
考え抜いてその場に行った、つまり事前に打診を受けていたほうかなぁ。もっと前後
を調べてないと、なんともいえないけれど。2005年4月14日 12:51 PM #26061ぽぽ[popo]
キーマスター> よーこさん
わーい反応があったー。
実は私も、本当は教皇の提案に乗る決心がついたから
カールもローマへ来た、という説の方が信憑性が高いと思ってます。
ただ、どっちが好きかって話になると、不意打ちの方が話としては
おもしろいかな・・・と。一応、「同意→ローマ入り」説の方が最近の本で見たものです(テキストは古いからね)
「不意打ち」説も、ただその日にいきなり行われることがカールの想定外だっただけで、
そもそもその話し自体は前から持ちかけられていた、という感じのように思います。2005年4月14日 6:52 PM #26062神さまⅡ
キーマスター自宅の近くにbook ***があるのでよく暇つぶしにいくのですが
奇妙なことがあるのです。それは歴史関係の参考文献がよく並んでいるのです。
例えば歴史哲学の「歴史哲学講義」、東洋史概説Ⅰの「モンゴル帝国と大明帝国」
史学概論の「歴史とは何か」、西洋史概説Ⅰの「西洋の歴史」、西洋史概説Ⅱの「ロシア史」
みんな105円か半額で買ってしまいました。特別珍しい本でもないので
並んでいても不思議ではないのですが・・文Ⅱの人・・近くに住んでない?2005年4月14日 11:25 PM #26063お好み焼きZ
キーマスターカールの戴冠ですね、この当時は、帝権と教皇権が、互いに中心で
あり、ピピンが、マックス=ウエーバーの正当化原理の中の、血のカリスマ
の理論を前提にすると、両方の説は、ともに妥当であるといえるのではないでしょうか?
日本では、類例として豊臣秀吉が、徳川家康を臣下にするために同じような手法を
用いていることから、家康、カール共に、外から見ると、不意打ちに見え、
彼らの内心を探ると不意打ちではなく予測の範囲内であったのではなかろうか?2005年4月14日 11:28 PM #26064お好み焼きZ
キーマスター理論を前提→理論を使用していたことを前提(訂正)
2005年4月15日 12:34 AM #26065剣
キーマスターぽぽさん。カッコいいタイトルですね。(哲学科の塾員とは知りませんでした)。
ぽぽさんファンの自分も参加したいのですが、どーも歴史は苦手でして・・。
近現代史の分野になったら仲間に入れてください。
ところで、よーこさんも触れていましたが、テキストによって左右されるか否かの問題・・この辺に興味があります。実は以前、ぽぽさんに「文学部の学習範囲はテキストによって限定されるか否か」という疑問にお答えいただいた結論としては、広大すぎる文学の研究領域の故にテキストにより限定される、というものだったと思います。
ところが、それからも文学部の研究領域については興味が途絶えなかったので、いろいろと調べていたところこんな一文に出会いました(西洋史とは少々別の話題ですがご容赦を)。“文学科の卒業生であった田中萃一郎は、明治の末にドイツに留学して帰国したのち教壇に立って史学科をリードしたが、当時のドイツのナショナリスティックな歴史観に影響されることなく、むしろ歴史資料にもとづく実証的な研究の大事さを認識して、どちらかというとリベラルな歴史観を三田の学生たちに教えた。強者のモデルとしての西洋の歴史、あるいは確立されるべき官僚主義的な日本国家に見合った日本史の構築といった枠組みを否定して、あえて日本史、東洋史、西洋史といった区分を史学科の中に設けようとはしなかった。こうして官学主導の学風に追従しないリベラリズムが慶應史学の伝統となる基盤がつくられた”(「三田評論」1030号/24頁から)
と、あります。リベラル、すなわち「自由な研究」が慶應の伝統であるとすれば・・実際にこれを如何に解釈すればよいのでしょうか?
2005年4月15日 8:56 AM #26066ぽぽ[popo]
キーマスターきゃー、取急ぎ訂正。
> 文1出身
は、卒業生という意味ではなくて、類変更したってことです。
すみません、紛らわしい書き方して・・・。ちなみに慶應通信は確か、類に関わらず、いったん文学部を
卒業したら類を変えても慶應通信に学士入学は出来ないと思います。
いちおう、哲学については以前に通っていた大学(諸事情につき中退)で
哲学科に所属しておりましたので、実は文学よりも長くやってます。
長けりゃいいってもんじゃないのは自分が一番よくわかってますが。2005年4月15日 8:58 AM #26067ぽぽ[popo]
キーマスターまたまた訂正
> 卒業したら類を変えても慶應通信に学士入学は出来ないと思います。
類を変えても慶應通信の「文学部」には学士入学できない、です。
つまり、文1でいったん卒業したら文2や3には入れないけど
法学部や経済学部になら学士入学できるってことですね。2005年4月15日 9:04 AM #26068ぽぽ[popo]
キーマスター→剣さん
あらためてこんにちは。
近現代史ですと、わたくしは第一次世界大戦の勃発までの動きに非常に興味があります。
あまりこんなことを書くのはアカデミックじゃないのですが、
まるで神様が「人類の歴史のこの部分で人間たちに戦争をさせよう」と
あらかじめ決めておいたのではないかと思うくらい、あの「サライェヴォ事件」という瞬間に向かって
あらゆる国々が申し合わせたように大戦への道を突き進んでいたようなあの感じ。
決していい意味でではないけど、大変にドラマティックなものを感じます。2005年4月15日 9:08 AM #26069ぽぽ[popo]
キーマスター連続書き込みですみません。
剣さんの問題提起は非常におもしろそうなので、
ゆっくりお返事を考えつつ、どこかのスレに移して続けたいですね。
纏まったらどこかに書き込みますね。2005年4月15日 3:27 PM #26070よーこ
キーマスターお好み焼きZさん
>マックス=ウエーバーの正当化原理の中の、血のカリスマ
って何ですか?2005年4月15日 10:04 PM #26071お好み焼きZ
キーマスター1.正当化原理→権力正当化原理(訂正) 2.血のカリスマ←官職のカリスマ(訂正)
大変、失礼致しました。(ToT)/~~~
「血のカリスマ」とは、ある支配者および、その家族たちの間には、
被支配者たちとは違う神聖な血がながれているという 政治的神
話のことです。 -
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