#12961
もとくん
キーマスター

mizukokoさん、お疲れ様です。
仰りたいことはよくわかります。でも、今回、問われているであろう、
哲学史のレポの件は、
 文献を正確に読むこと
 であり、また
 そこで何が言われているのかを整理すること、
 であり、
 その上で解釈し論点を整理すること
 であると思うのです。

確かに現代人の視点から見れば、プラトンのイデア論も荒唐無稽かも
しれませんが、彼のテキストのうちの閉じた系のなかで「論じる」という
作業をしないとだめなんではないですかね(^^;

>わたしは、宇宙のしくみ、世界のしくみ、生、または死のしくみを明らかにすることではないかと思ってきたのですが、違うのでしょうか?
あえて言うなら、哲学は、設計図のようなもので、
それ以上でも以下でもないと思います。
精密な設計図もそれだけでは何の役にも立ちませんよね。
実体がないですから…..。.
現実の出来事とそれを抽象的に言語化したものの違いのように
哲学的に何かが語られたとしても、現実の重みは言語で記述された
世界観の省略された部分に根を張るもので、設計図を元にモデルを
組み上げても、それは、物事の仕組みを明らかにしたとは言えません。

なので、出来事(事件でも歴史でもいいけど)をモデル化し、問いの形に
変えることは出来ても、真理の解明という大哲学的な構えで哲学することは、
現代では無理なんだと思います。

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