2005-02-14 4:46 PM
#5471
キーマスター
ぺこさん、
>でもねでもね、唯識は、理解しようと頑張って、そうかな、そういうことかな、
>って頭でとらえた段階だったんです。これを、まさに「生きて」みないと
そう、アタマで捉えるこも大切ですね。
でもね、その捉えた地点から、またするっと移動してしまうのですよ、
問いの場がね。求めても求めても問いとのあいだに「差延」が出来てしまう
のですよ、生きている限りは(^^;
このあたりは、唯一絶対神を中心に据えるキリスト教とは根本的に違うとこです。
存在の原理を仏教的な「縁起」という思想で説明しようとすると、その原因と
結果の変化するさまは相対的になります。単純化すると原因は結果にその原因は
結果へと円運動を描いて移動しつづけることになる永遠に。
ぐるぐる因果がまわる訳です!
ぺこさんが、今どこにいようと5分後のぺこさん、明日のぺこさんと、生成変化
していく、思考も感情もね。
今、こうだ、「唯識」とは!と、また「悟った」と思った瞬間にもう違う感情が
生成されて、「差延」が生じてしまうのです(^^;
それは、だから、「学」というより「道」な訳で、「生きてみる」しかないの
ですよ(^^;。
余談ですが、宗教学は、社会学と人類学の交差する領域に位置づけられるもの
で、主な研究はフィールドワークです。なので学識より実地研究が重要な分野
になります。