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   02.雑談ラウンジ
     哲学
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投稿者 スレッド
shinchan
投稿日時: 2018-2-27 11:23
長老
登録日: 2009-4-14
居住地: 埼玉県
投稿: 210
Re: 哲学
哲学のスレがぜんぜん延びないんで、ボクの哲学観を書きますねぇ。

まあ哲学の視点は、古い時代(ギリシア〜ルネサンス以前)は世界がどのように構成されているかという世界の成り立ちを記述することに主眼が置かれていたように思います。つまり、形而上学ね。
まあ例えばプラトンとかはイデアというひな形(机のイデア、自由のイデアとか)があって、そのひな形から具現化したものが世界だととらえていますよね。
世界には法則とか論理があって、それを解明するのが哲学だ、という視点。
これが中世になると、宗教とつながって、特にキリスト教世界やイスラム世界においては、神の創った世界観がどのように実世界に投射されているかを解明する(説明する)活動になってきました。

それがルネサンス以降になると主観が発見され、とりわけカントぐらいからは自分が見えている世界(主観)と、いまそこにある世界(客観)がどのようにリンクしているのか、という視点に変化していきました。
そうして生まれるのは主観客観問題(主観と客観の分裂)です。

この主観客観問題に対して近現代哲学においては、客観性があると思われる事象も実は主観を通して見ている視点である、という立場から、主観がどうして世界を客観視できるのか、という関心へシフトしていきます。この主観による世界の客観性の信頼の過程をうまく説明したのが、現象学の創始者フッサールだったりします。
彼は人間が「自分の外に客観的世界がたしかにある」と妥当するプロセスを検証しました。この考え方がいまの哲学の根底にあります。
自らが感じた世界の中に、自分の他の主観(他者)を見いだし、その他者による承認(同じ世界が見えているという実感)が、客観世界の存在を補強し信じるに足るようになる、とい説明です。

まあダラダラと書いてしまいましたが、これがボクの哲学史(特に西洋哲学史)の見方です。だいたいあってるんじゃないかど思うけどどうでしょう?
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題名 投稿者 日時
   哲学 jpcactus 2016-9-16 0:50
     Re: 哲学 Ivy 2016-9-16 10:41
       Re: 哲学 jpcactus 2016-9-20 13:58
         Re: 哲学 2016-10-16 10:10
           Re: 哲学 jpcactus 2016-10-19 17:53
             Re: 哲学 misamisa 2017-3-20 20:40
               Re: 哲学 やっか 2017-3-22 8:44
                 Re: 哲学 shinchan 2018-1-19 11:46
                   Re: 哲学 yan 2018-1-20 18:31
                   » Re: 哲学 shinchan 2018-2-27 11:23
                       Re: 哲学 yan 2018-3-14 20:11
                         Re: 哲学 shinchan 2018-4-3 12:24
                           Re: 哲学 yan 2018-5-20 15:59
                             Re: 哲学 yan 2018-5-20 16:14

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