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     レポートの講評について
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投稿者 スレッド
ましろ
投稿日時: 2009-10-30 18:57
半人前
登録日: 2008-2-11
居住地: 北海道
投稿: 34
レポートの講評について
みなさん、こんばんは。
先日の第三回科目試験は何とか二科目受けましたが、不合格レポートとEスクに慌しく、なかなか次のレポートに取り掛かれずに、焦っているところです
その再提出のレポートについてなのですが、どうしても講評に納得いかない場合、問い合わせることはできないのでしょうか?
引用していないのに、出典元をと書かれて困っています。
書き方を変えても、不合格で返ってきてしまいました。
例)日本の文学を代表する夏目漱石の「こころ」は……、のような書き方なのですが……。
参考文献からそのまま引用せず、自分なりの言葉に言い換えて書いてあるのに、「自分の言葉で」とあり、一体どうしたらいいのか、落ち込んでいます
まーちゃん
投稿日時: 2009-10-30 23:49
半人前
登録日: 2007-5-1
居住地: 神奈川県川崎市
投稿: 32
Re: レポートの講評について
ましろさん、こんばんは。
「こころ」ひとつとっても、誰かが“日本の文学を代表する”と言ったわけですよね?これ自体が引用になると、先生はご指摘なさっているのだと思います。
非常に細かいことになりますが、以下のように書き換えてはいかがでしょう?
例)夏目漱石の「こころ」は日本の文学を代表する作品といわれている(出典:○○××、p△△)。
そして、自分の意見や感想や論点を自分の言葉で述べていけばいいと思います。
ちょっとでも他人の考えを引用したところは自分の言葉に言い換えたとしても出典を求める先生って意外に多いものです。
どうでしょう?がんばってください。
ましろ
投稿日時: 2009-11-4 21:15
半人前
登録日: 2008-2-11
居住地: 北海道
投稿: 34
Re: レポートの講評について
まーちゃんさん、ありがとうございます。
すっかりお礼が遅くなってしまって、失礼しました。
確かに、そう書いてある本を探して、ここから引用したと書けばいいのでしょうが、どうしても納得がいかないのです。
日本の文学を代表するよしもとばななの「キッチン」は……、だったらまだ出典を求められるのもわかるのですが、森鴎外とか、川端康成とかでしたら、殆ど常識の領域ではないかと思います。
(よしもとばななではなく、村上春樹だったらわたしの意見とは違うので、出典を載せますが、夏目漱石なら納得です。納得、というより常識だと思っているから、出典を書かなかったのです。この文自体、このニュアンス自体、参考文献にはありませんでした。)
また、フランスの絶対王制がテーマなのに、百年戦争によりフランスは甚大な被害を受け……、という文章へ出典を求められても、当惑するばかりではないでしょうか。
(参考としての注なら納得です。)
先生としては、引用の仕方を学んでほしいという考えがあって、不合格なのだろうかとも思ったりするのですが、やはり問題がずれている気がするのです。
そして、この問題の文を引用したと書けば、この文も他の文も、自分ではけして引用していないのに、自分の言葉でと先生からの講評にあるので、全て引用扱いされてしまうのではないかという恐れも感じます。
必死で書いたのに、これなら参考文献の文をそのまま次ぎ張りするのと、変わらなかったのではないかと思って、がっかりしています。
すみません、せっかく切り替えられるようにアドバイスしていただいたのに、それができず、長い文章になってしまいました。
tatsu
投稿日時: 2009-11-6 10:53
一人前
登録日: 2007-5-1
居住地: 水戸市
投稿: 103
Re: レポートの講評について
ましろ さん。

 自分の考えで書いたのに,「自分の言葉で・・・」ありますあります,そんな講評!
 でも,私なりに(前向きに)考えてみました。
・夏目漱石の「こころ」は,本当に日本の文学を代表するのか?(そう言われているのか?)誰がいつそれを決めたのか?
・多くの人や多くの評論でそういわれているから,そう思っているだけで,真に自分がその内容を理解し,その文学としての価値を評価できて「日本を代表する」と言えているのか?
・仮に,「・・・代表すると言われている」との記述ならば,どのような人がどのような論評で(あるいは論文で)分析し,そのような結論に達したのか?それを自分としてどう消化吸収して,同調し発言・記述したのか?

などを,探究したうえで,そう記述して欲しかった,言葉の重みを感じて欲しかったのではないでしょうか?

歴史的事実(として定着している事件など)ならば,確定的にかけるのでしょうが,事物の評価というものは,不確定なものであるとも考えられるのではないでしょうか?

「常識」と言われるものが本当に「常識」なのか?常識や固定概念をそのまま受け入れて,「自分の言葉」として使っていないか?
参考文献などの引用を記載するという単なるテクニックの問題と言うよりは,学問・真理の探究という視点から見直してみてはいかがでしょうか?

                 文学に造詣が深くないtatsuより。
Ivy
投稿日時: 2009-11-6 11:23
長老
登録日: 2007-2-25
居住地: 東北の雪ん中
投稿: 151
Re: レポートの講評について
引用:

tatsuさんは書きました:
歴史的事実(として定着している事件など)ならば,確定的にかけるのでしょうが,事物の評価というものは,不確定なものであるとも考えられるのではないでしょうか?

「常識」と言われるものが本当に「常識」なのか?常識や固定概念をそのまま受け入れて,「自分の言葉」として使っていないか?



この部分に反応してしまいました。
先日、ボリビア紹介の国際理解講座に行ってきました。
その時に目からウロコだったことです。

コロンブスの新大陸発見についてです。
コロンブスの新大陸発見は常識となっています。しかし、新大陸を発見された時点で、すでにそこにはインディオが昔から住んで独自の文化を築いていました。それが西洋からやってきた人に発見されたことにより、その時点から侵略、虐殺の歴史が始まった、と。

見る視点を変えると、人類の歴史的偉大な発見も、実は傲慢で野蛮な行為でしかなかった、ということになりますよね。

最近感じることですが、私は結構メディアに踊らされ、コントロールされて操られているな、と感じることがあります。もっと物事を客観的に見る訓練が必要だわ、とかすかながら感じることがあります。

横から失礼しました〜〜〜!
Kafka
投稿日時: 2009-11-7 23:00
常連
登録日: 2007-5-2
居住地: 名古屋
投稿: 50
Re: レポートの講評について
引用:

ましろさんは書きました:
参考文献からそのまま引用せず、自分なりの言葉に言い換えて書いてあるのに



おそらくこれが問題です。「言い換え」を「自分の言葉」とは言いません。書物からの知見と自分の意見ははっきりと分ける必要があります。

ご自分の文章と参考元の文章を単純な英語に書き直ししてみてください。まったく同じになりませんか?

最近読んだディケンズの某作品(クリスマスキャロルではありません)のあとがきに1972年発刊の''A READER'S GUIDE TO CHARLES DICKENS''という本の和訳をそのまま載せていたものがありましたが(4行ほどです)、これくらいでも専門の先生なら確実に解ります。

おそらく先生が読みたいのは参考文献と格闘した形跡(評価、反論、確認)や、参考文献から何を導いたか(具体化、抽象化、マクロ化、ミクロ化)等の「ましろさんの意見」だと思います。インクは自前の物で書かないと評価してもらえません。

こんな偉そうな事言って的外れだったらスイマセン。これは自分が似たようなことで悩んだ際の解決法です。

あと全然関係ないですが''Leif Erikson'' ググってみてください
ましろ
投稿日時: 2009-11-15 23:03
半人前
登録日: 2008-2-11
居住地: 北海道
投稿: 34
Re: レポートの講評について
tatsuさん、Ivyさん、Kafkaさん、ありがとうございます。
すっかりお礼が遅くなってしまい、本当に失礼しました。
毎回、レポートの締め切りが近づいて、ようやく本腰を入れ始めるのですが、今回は不合格レポートが二本と、Eスクのほうでもレポートがあって、てんてこ舞いです(>_<)
せっかくアドバイスいただいたのに、遅くなってすみませんでした。

tatsuさん、ありがとうございます。
引用していないものを引用したといわれる理不尽さは勿論ですが、そのためだけに新たに出典を探してくるのも、納得がいかないのです。
文学入門のような本を持ってきて、ここにも書いてあるのだと主張するのも変な感じがします。
先生は、本当にそれが勉強になると考えているのでしょうか?
何故、そこの文だけにこだわるのでしょうか?
先生は、よほどその人物が嫌いなのでしょうか?
前向きに考えよう、考えようと思うたびに、嘘をつくよう強要されているような嫌な気持ちになってしまいます……。
これが例えば、「クレオパトラは美人だった」という文章に出典を求められようものなら、喜んで取り組みますし、あるいはそれが本当に事実なのかを調べるのも、想像しただけでワクワクしてきます。
わたしのなかでの興味度が、クレオパトラ美人説>>>>>夏目漱石なのがまた、やる気を失わせているのかもしれません……。

すみません、Ivyさん、Kafkaさんへは、後日また改めてお礼したいと思います。たびたびお待たせします。
ましろ
投稿日時: 2009-11-16 22:54
半人前
登録日: 2008-2-11
居住地: 北海道
投稿: 34
Re: レポートの講評について
Ivyさんへ、ありがとうございます。

わたしはインカ帝国やマヤ文明に興味があったので、いろいろ考えながら読ませていただきました。
コロンブスを支援したのは、スペインのイサベルとフェルナンド5世でしたが、彼らは、それがキリスト教の新教徒獲得につながると考えていたからで、
けして虐殺のためにお金を出したわけではないと思います。
当時のスペインは、まだ国土の一部がムスリム勢力に占領されていて、キリスト教による統一を目指して、レコンキスタが行われていました。
内乱を経て即位したイサベルにとっては、キリスト教こそ、祖国をまとめ上げるものだと信じての行動で、悪気(?)はなかったんだろうなと感じます。
イサベル自身、大変な幼少期を送っているので、聖書が心の支えだったのかもしれないと思っています。
でもそんなこと、酷いことされたインディオにとっては関係ないですね^^;
Ivy
投稿日時: 2009-11-16 23:42
長老
登録日: 2007-2-25
居住地: 東北の雪ん中
投稿: 151
Re: レポートの講評について
引用:

ましろさんは書きました:
内乱を経て即位したイサベルにとっては、キリスト教こそ、祖国をまとめ上げるものだと信じての行動で、悪気(?)はなかったんだろうなと感じます。
イサベル自身、大変な幼少期を送っているので、聖書が心の支えだったのかもしれないと思っています。
でもそんなこと、酷いことされたインディオにとっては関係ないですね^^;


アメリカでもそうですが、ボリビアでも奴隷を使っていたそうですが、その階級はインディオは奴隷以下の扱いで、それはたいそう酷いものだったそうです。

奴隷はお金を出して買うので、それなりに扱いは良かった?ようですが、インディオはお金で買うわけではなく、そこいら辺からひっ捕まえて働かせるので、タダで連れてきたということが、奴隷よりも一層扱いを酷くしていたようです。

はやり、西洋から見た眼と現地の眼では視線が違うんですよね〜。聖書の教えと言いながら、実際にやっていたことって残忍ですよね。
ましろ
投稿日時: 2009-11-17 23:26
半人前
登録日: 2008-2-11
居住地: 北海道
投稿: 34
Re: レポートの講評について
Kafkaさんへ、ありがとうございます。
お礼をお待たせすることになってしまい、失礼してしまいました。

引用元の出典をと求められた文は、自分の意見で、今回使用した参考文献には、(例)夏目漱石の「こころ」は日本の文学を代表する、との文言はありませんでした。
これまでの夏目漱石の「こころ」に対する評価、高校の教科書や文学ガイドでの紹介など踏まえた上で、自分でもそう思っているので、引用するまでもないことだと思いました。
もし出典を求めよということでしたら、どれを選べばいいのでしょうか?
それとも、最初に夏目漱石を評価した人を探し出せということなのでしょうか?

引用:

Kafkaさんは書きました:
おそらくこれが問題です。「言い換え」を「自分の言葉」とは言いません。書物からの知見と自分の意見ははっきりと分ける必要があります。

ご自分の文章と参考元の文章を単純な英語に書き直ししてみてください。まったく同じになりませんか?


この言葉に、思わずはっとしました。
今回のレポートではなく、もう一本の不合格レポートは、「●●を説明せよ、そこから何が言えるか?」という課題だったのですが、講評には自分の意見が表に出せるような内容に工夫するように、とありました。
これまで、自分の意見で史料を都合よく解釈する危険性を感じていて、どうしても自分の見方を強く出せないでいたのですが、それがいけなかったんだなあと、Kafkaさんからのアドバイスで思いました。
こちらでも、やはり自分の言葉でとありました^^;
参考文献は、締め切りぎりぎりまでいつも格闘していますが、ついつい自分の意見が参考文献のあらすじと変わらなくなってしまうのも、いけないクセだと改めて感じました。
大変勉強にさせていただきました。
また、''Leif Erikson''についても、ありがとうございました。
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